コンテンツへスキップ

博多久松の和洋折衷おせち料理です。

以前は自分で作っていましたが、20年以上前の話です。

年末年始に旅をするようになってからは、おせちは作らなくなりました。

よそ様のおせちもなんか楽しいです。いろいろ入っています。

昨年は書きこみが楽なSNSが中心になってしまい、ブログ更新をさぼりまくりました。

今年は、もうすこしブログの更新もやっていきたいと思います。

現在午前2時、NHKの「年の初めはさだまさし」を、大きなスクリーンで観ています。

亭主は、新年を待てずに寝ました(^^;

さて、わたくしもそろそろベッドインすべぇか

2

長年の友である路子さんが、8月28日にお亡くなりになりました。
病気が発覚してから、たったの二か月。あっという間に旅立たれました。
お誕生日の今日、荼毘にふされたそうです。
埼玉の空から、11時の空に向かって手を合わせました。

このブログにも、いつでも暖かいコメントをいただきました。
いったい何年になるか忘れたほど、長いお付き合いでした。
毎年、手づくりのジャムや梅シソジュースを送っていただきました。

先に旅立たれましたが、いつか私もそちらへ行きますからね。
また仲良くしてくださいね。

亡くなる三日前に、お別れをしてきました。
お見舞いも兼ねて、今年のお誕生日プレゼントにと、ダッフィーを編みました。
「Michiko」と名前も入れました。
それは分からなかったかもしれませんが、嬉しそうに抱きしめてくれました。
プレゼントできて本当によかった。最後に会えて本当に嬉しかった。

今年は「おめでとう」ではなくて、「さようなら」になってしまいました。
ご冥福を、心よりお祈り申し上げます。

 

4

一昨日まで、Duolingo は連続540日でしたが、0となりました。
出かけるときにも必ず10xpだけはスマホでやっていたのに
昨日は頭の中からすっぽり抜けました。

20160812-1

今朝、気づいた時には「時すでに遅し」です。
残念です。
でも、英語学習から解放されたかも・・・(^^;

hanaちゃん、なさけなくてごめんね。
お二人が頑張っているのに、なさけないばぁちゃんだね。
もっとも私の友人たち、夫、みんなもうやっていないようですけど。

続けるということはとても難しいです。

 

3

うちの敷地(普段足を踏み入れな場所)に、ネコの赤ちゃんがいます。
お隣りの奥さんに聞くまで、まったく知りませんでした。
鳴き声がするので、椅子を使って上から覗いたそうです。

大体、ビニールシートの存在も知りませんでした。
夫は知らないとトボケテおりますが、間違いなく我が家のものです(^^;
ニャンちゃんのおうちになっていたのでしょうか・・・

DSC_0450

朝になってから、どこかへ引っ越したようです。
元気で育ってくれればいいね。

ビニールシートを片付けて、植木を剪定しなければ・・・
木の葉が屋根替わりとなっていたようです。

DSC02854

今年はコレを買ってもらいました。
パンプスはたくさん持っているのですが、どれも皮で、今では足が痛くて履けません。
靴というのは毎日のように履いてないと、足に馴染まないんですよねぇ

たまたま、テレビコマーシャルで見て、「これ欲しいな」と思っていました。
丸井の「らくちんきれいパンプス」シリーズです。
お値段も手ごろで、履きやすいし、よい買い物ができました。

以前、靴は丸井ばかりでしたが、川口駅前店が無くなってしまい、丸井から足が遠のきました。
今日は草加の丸井に行きました。「テレビコマーシャルの」といったらすぐに分かって、あっという間のお買い物です。
足が小さい私は、靴さがしにはいつも苦労します。何軒も捜し歩かないとならないのです。
あらかじめ決めていたので、楽ちん買い物でした。

 

大掃除ならぬ小掃除でした。それも途中で挫折。
キッチンまわりは、買ったばかりのキッチンチェアに座ってやりました。
これはありがたかった。
1階と3階を何往復かしたので、足が痛くて午後からはほとんど動けていません。

たくさんのゴミが出たので、廃品業者さんにお願いしました。
編み機4台、清水の舞台から飛び降りたつもりで捨てました。
こんな重たいもの、自分がいなくなったら困りますものね。
これからは手編みだけにしておきます。

もう一歩も動きたくない!
疲れた・・・

5

DSC02528

こんなのを買ってもらいました。ここにセットしておくと、時計が止まらないそうです。
へぇ~ 知らんかったわ。

この時計、重たいので外しておくことが多いのです。
電池式じゃないんですよ。機械式腕時計というやつです。
はずしておくと止まってしまうのが不便で、引き出しにしまったままでした。
今から40年前まで、時計はすべてゼンマイで動いていたそうです。
「時計=狂う 」が普通でしたけど、それもなんだか魅力がありますよね。

じつは、30年以上も使っていたお気に入りの時計が狂いはじめました。
時計屋さんによると、分解掃除には7万円かかるって・・・
ほぼ購入のお値段です。とても分解掃除に出す気にはなれません。
それで、仕方なくこの不便な時計を使っています。

最近、mixiやYahooなどのニュースに、つぶやきやコメントできるようになってます。
匿名だからあまりにも無責任なことが書けるのではないでしょうか?
2チャンネルは見なければ済むのですが、Webニュースだとついポチっと押してしまうことがあります。

インターネットは好きだし、有意義な情報満載でありがたいと思います。
コミュニケーションも大好きです。
でもニュースに対してのつぶやきに恐怖を覚えています。

犯罪は怖い。でも決して無くなることは難しいでしょう。
猟奇的な恐ろしい犯罪も昔から数多にあります。
しかし、犯罪被疑者に対して、ネットでの【殺せ!】コールには驚愕を覚えます。
裁判で、犯人と確定される前にです。

「死刑制度」に関しては自分の考えは持っていません。あまりに難しすぎるので。
文明国の多くが「死刑制度廃止」を導入した理由や、人が人を裁くことのむずかしさをどれだけわかっていてつぶやいているのでしょう。
理由の一つに冤罪があります。自白を最大の決めてとした(今では違うと思うが)日本の取り調べ方法が、幾多の冤罪を生んでいます。

「他人の不幸は蜜の味」という言葉がふと頭に浮かびました。
テレビのワイドニュースに、まさにそんなことを感じてしまう昨今です。

夢を見ていた。
宇宙船に乗っている夢だ。
その中で突然、「長崎に原爆が落とされた時間です。黙とうをささげましょう」という声がスピーカーから流れてきた。
私を含めた乗組員は黙とうをしていた。そしてそこで目が覚めた。

長崎の原爆記念館を訪れたことが2度ほどある。凄惨な写真が展示されていた。
小学生のころ、原爆の悲惨な写真は先生から見せられていた。
「戦争反対」の声を、教員たちが高らかにあげていた戦後だった。

次のような文章をWebで見つけた(映画の解説より引用)

------引用----------------------------
1945年8月9日、長崎に原子爆弾が投下された。この時、蔵満さん一家は、父・良雄さんが海軍の見張り所へ出向き、母・モタエさんは疎開の手続きで出 掛け、4人の子どもたちが留守番をしていた。爆心地からわずか100メートルの所にあった自宅は跡形もなく、子供たちは骨一つ残らなかった。あまりの ショックで心神喪失状態に陥ったモタエさん。だがある時、一人の少女から長女よう子ちゃんのゆかりの市松人形を手渡されたことから、生きる力を取り戻して いく。以来、夫婦は毎年1体ずつ人形を集めながら、子供たちへ被爆の語り部となる。
--------------------------------------------------

実は、かつて蔵満さんご夫妻と同じ集合住宅に住んでいたことがある。
当時、良雄さんはすでに80歳を過ぎていたが、被爆の悲惨を訴える講演活動をしていた。
その会場への送り迎えもしたことがある。
市松人形とともに、4人のお子さんたちの話を何度も聞いた。
モタエさんの心神喪失のお話も・・・
一度に4人もの子供を失うって、想像を絶する苦しみだったろう。

人類はこんな大きな犠牲を払ってさえなお、戦争をやめようとしない。
いや、むしろそちらに向かっているような気がしてならない。
どうして自らを傷つけるような道に向かうのか、理解ができないでいる。